スピリチュアルで自分探し

 数あるスピ系の中でもニューエイジムーブメント(略してニューエイジと表記します)発祥は警戒すべきです。

 ニューエイジはこれまで社会学者、宗教界、心理学者、精神医などから沢山の批判を浴びています。何事にも反対意見や異を唱える人物はいるものですが、ニューエイジがこれほど多くの批判を受けるということは、彼らの影響力の強さの裏返しであるとともに、一般の人が理性的に常識的に客観的に評価した時にどうしても受け入れることができない彼らなりの論理や思考、行動があるからでしょう。彼らが真実を扱っているのであれば大きな批判は受けないはずですから、客観的に評価すればマユツバものが多いとも推測できます。

 ニューエイジ系のものに対してこのような否定的意見を言う私は、彼らからは「進化の遅れている人」とか「堅物」というレッテルを貼られてしまいますので、それ以上彼らと議論する余地は無くなってしまいます。彼らの多くは、「感じて下さい」とか「ハートで受け止めて下さい」とか「感性が大切」というように、あやふやな、なかば押し付けるような言葉を使って、相手に理性的に考えることをさせません。理性は神が私達人間に平等に与えてくれた能力であるにも関わらず、それを否定するのです。

 事細かなニューエイジ批判は他の方の文献を参考にしていただければ良いので、ここではニューエイジの成り立ちを知っていただくことで、ニューエイジがもつ背景や彼らの思考の傾向を知っていただく事に重点をおきます。そうすることでまともなスピリチュアルなのか、気をつけるべきスピ系なのか、皆様の判断基準にしていただけたら良いかと考えます。

 ニューエイジの起源は19世紀のアメリカに遡ります。当時のキリスト教界の厳格な教義や信条に対して「個人はもっと自由であるべきだ」という考え方を持った一派が現れます。この一派はニューソート(New Thought : 新しい考え方)と呼ばれました。ニューソートは今のスピ系にみられるように様々なジャンルから構成されていますが、当時の著名な哲学者の一人であるウィリアム・ジェームス氏は、ニューソートを「心の治療運動」と称しています。つまりは当時、個人の内面性に関わることに焦点を当てた様態は、ひっくるめてニューソートというジャンルに入れられていたといえます。ニューソートはキリスト教の禁欲主義的な信条からの解放を願う人々(≒快楽主義)の間に爆発的に広まっていきました。

 時は進み1960年代になるとアメリカはベトナム戦争に本格的に参入していきます。戦争は熾烈で、アメリカ軍にはおよそ870万人が動員され、5万人以上が亡くなりました。当時もアメリカでは徴兵制があり、18歳から26歳(のちに35歳)の男性は兵役の義務がありました。戦場に行きたくないという思いから、国民の義務である兵役から何とかして逃れようと、住所を持つことをしないで、トレーラーハウスで移動しながら生活する一派(主に学生)が現れました。主に田園地帯で集団生活することを好んだ彼らはヒッピーと呼ばれました。

 同時に彼らは「個人はもっと自由であるべきだ」というニューソートにも傾注していきます。それまでの社会経済体制に異を唱え、その体制に属することを良しとせず、あくまでも自分自身の為に生きる事を模索していきます。

 ベトナム和平が成立した後、1973年にアメリカでは一旦徴兵制が廃止されます。これと呼応するかのようにヒッピー現象は急速に萎んでいくのですが、これではやはり兵役逃れの口実、現実逃避に過ぎなかったと言われても仕方ありません。しかしながら当時のヒッピーが志向していたニューソートの考えや様態は、彼らの厭世感と結びついて変質しながら後世に遺っていきます。これがニューエイジです。

 ヒッピー風俗は世界の先進国にも影響を与え、日本ではみゆき族にその影響を見ることができ、後の学生運動の隆盛へと繋がっていきます。昭和20年前後〜昭和35年前後生まれの方がこのヒッピー風俗の影響を受けていると言えます。この年代の方の中にはヒッピー風俗や精神世界に一種の憧景を抱いている方が少なくなく、そういった方達はニューエイジ的なものへのガードが甘くなりがちです。

 ニューエイジはニューソートと同様、包括するものはクリスチャンサイエンス、東洋思想、ヨガ、禅、スピリティズムなど多様性に富みます。しかしながら元々現実から逃避するという背景を持ったヒッピーですので、それらに退廃的、厭世的、刹那的なものが加味されていきます。

 ひとつだけ例を挙げるとすると、ヨガや禅で永い永い瞑想修行の果てに得られるとされるニルヴァーナの状態がありますが、彼らニューエイジ信望者は、そんな修行など不必要とばかりに「音楽とドラッグとセックス」で簡単に恍惚状態になれると主張し、実際に「音楽とドラッグとセックス」に浸かっていました。

 このようにヒッピーの退廃的、厭世的、刹那的な傾向と融合していく事で、ニューソートは変質し、より現実世界から離反した思想を持ち、行動するようになっていきます。後の人民寺院や太陽寺院に代表される数々のカルト教団の集団自殺もニューエイジから強い影響を受けています

 ニューエイジはあくまでも自分自身の為に生きる事を良しとし、自分自身の意思で宇宙までをも変えられるという幻想の世界を説くまでになっています。

 ですから「自分はもっと凄い存在だ」「周囲が正しく私を評価してないだけだ」「今に自分が世界をあっと言わせてやる」というように考えがちな中二病の人にとって、ニューエイジはまさにうってつけのジャンルでしょう。

 さらには、いつまでたっても現実から目を逸らしていたかったり、あるいは現実に対して全く感謝ができない人が落ち入りがちな「自分探し」が大好きな方がいっらしゃいますが、こういった方たちにもニューエイジはぴったり嵌ります。

 事実、ニューエイジ系のスピはこういった中二病や自分探しフリークを相手に商売をしているのです。ですから真摯な気持ちでスピリチュアルに関わっていたり、関わろうとしている人から見ると、あるいは理性的に考える事ができる人から見ると、ニューエイジ系のスピはとても怪しげに映るのです。

 ニューエイジ系のスピは、横文字や独特の言い回しを多用します。しかしながらその意味するところは定まっておらず、用いる人物によって捉え方が違っています。怪しげなスピ系に出会った際は、ぜひ彼らが使っている用語の意味をご自身が納得できるまで尋ねてみると良いでしょう。理性を使うことを良しとしない彼らから納得できる回答が返ってくるかどうかは甚だ疑問ではありますが、やってみる価値はあると思います。

 現実世界の中で揉まれ、考える事で私たちは成長できるのですし、同時に内面が鍛えられ磨かれていくのです。そして、自らを他者の為に役立てることはさらに大きな成長をもたらします。これは本物のスピリチュアルが説く真理です。

 ですから、あなたが現実から逃避しようとしている限りは、そして自分自身のことだけに関心を持って生きている限りは、あなたには全く進歩がありません。現実逃避を背景に持ち、自分自身の為に生きることを説くニューエイジは、あなたの内面的成長に全く役立たないどころか害悪すら及ぼす事でしょう。

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