スピリットの援助を受けるには

 私たち人間は、善なる方向に導かれ、善なる方向に向かって進化していくようにできています。

 ごく大雑把に言えば、善と調和した行為は良い結果としてその人に現れ、善と対抗した行為はよろしくない結果としてその人に現れます。残念ながら、私たち未熟な人間は、結果から学ぶしかないと言うこともできます。

 とは言え、よろしくない結果はできるだけ避けたいのが人情というもの。そのためには、日々の生活や行ないが、できる限り善と調和している必要があります。ネガティブな失敗体験からよりは、ポジティブな成功体験から多く学びたいと考える方は少なくないことでしょう。

 ある程度の霊的知識を学ばれ、霊的事実を受け入れられるようになった方は、ガイドスピリット(指導霊)からの助力を得ることで、霊的な学びを効率良くできることをご存知かと思います。そのスピリットからの働きかけの多くはインスピレーション(霊感)で行われます。ですが、目には見えないし、触ることもできない存在からの働きかけですから、インスピレーションの扱いは慎重に行う必要があります。

 まずもってそれが霊界からの働きかけなのか、単なる思い過ごしなのか、過去の記憶の発出なのか、エゴの叫びなのか、これらの区別をつける必要があります。全ての「閃き」がインスピレーションとは限らないのです。

 霊的事実を受け入れることができていて、かつ霊的な経験値がそこそこある人が気をつけなければならないことは、インスピレーションを鑑別することです。受け取ったインスピレーションは、本当に自分のガイドスピリットからのものなのかどうか、未熟霊やいたずら霊からのものではないのかどうか、それを見極めることです。

 もしそのインスピレーションが未熟霊やいたずら霊からの働きかけであって、その通りに自分で選択し行動したとしたら、最終的にはよろしくない結果としてその人に現れるでしょう。結果としてはその方の学びにはなるでしょうが、それはこの記事で伝えたいものではありません。私たちはできる限りガイドスピリットからの助力を得ることで、ポジティブな体験から多く学びたいのです。なので、まずはガイドスピリットなどの善霊とその他の未熟霊との違いを知る必要があります。

 ガイドスピリットは私たちの霊的な進化、成長を第一に望まれています。彼らは常に私たちに寄り添い、援助してくれている存在ですし、私たちよりもずっと知的に優れた存在でもありますから、その人にとって最良で最適なタイミングでインスピレーションを届けてくれます。最も効果的な時機を知っているのです。

 ですからこちらから求めても、応えてくれるとは限りません。こちら側からすると、じれったい思いや歯痒い思いをすることの方が格段に多いものです。さらには、彼らからのインスピレーションは、唐突で儚い事が多く、受け取っている方がインスピレーションだと気づかないこともしばしばあります。本当にさりげない形で、スマートに行われるのです。

「山上の誘惑」ドゥッチョ・ディ・ブオニンセーニャ

 一方で未熟霊やいたずら霊からのものは、のべつ幕なく、しつこく行われます。彼らの目的は、他人を支配し操ることにあるからです。まさしくいたずらを目的にいたずらを行なっているのです。

 ちょっとスピリチュアルをかじったばかりの方の中には、「今朝から私のガイドがずっーと話しかけてくるの…」とか言っていたり、瞑想のたびに特定のスピリットが現れてメッセージを伝えてくると話される方がいます。残念ながらそれは一種の憑依現象であって、特定の未熟霊に魅入られてしまった状態です。さもなければそれなりの医療機関を受診しなければならない精神状態という事もできます。

 善霊からの働きかけはさりげなくスマート、未熟霊からの働きかけはしつこい、ということを覚えておいたら良いでしょう。

 さて、エゴ、虚栄心、不安、恐怖、心配、取り越し苦労といったものは、未熟霊に付け入る隙を与えます。こんな状態になっていないか、自分の状態を常日頃、観察、精査することで未熟霊を遠ざけることは可能です。

 現在は疫病禍の中ではありますが、日常の些細なことに喜びを見出し、感謝する時間を多くすることで、未熟霊を遠ざける時間を増やす事はできます。その分、ガイドからの働きかけを享受する時間を増やすことに繋がります。

 未熟霊を遠ざけようとする努力が、善霊からのインスピレーションを受けやすくする努力にもなるのです。

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