幼い頃、魔法を使えるようになりたいと思ったことは、誰でも一度や二度あることでしょう。子供向けのアニメの世界では魔法を使ったり、変身したりするヒーローやヒロインが、昔も今も大活躍中です。

 現実に存在しているにもかかわらず、あるいは事象が発生しているのにもかかわらず、この世の物理学や科学では説明しきれないものがあります。そういったものを私たちは、奇跡、魔術、魔法、超能力などと称してきました。現在、奇跡とか魔術だとか呼ばれているこれらのものは、近い将来、量子物理学などの発展や観測機器の発達とともに、科学的に証明されるものも出てくることでしょう。100年後には奇跡でも何でもないものになっているかも知れません。

 いわゆるスピ系で扱っている事象の一部は、古来から魔法や魔術と呼ばれてきたものに合致するものもあります。以前の記事で述べたとおり、スピ系に括られているモノは、元来は療術だったり、統計学だったり、心理学だったりします。スピ系の中でもサイキック&スピリチュアル分野が、その昔は魔術と呼ばれていたということもできます。時代が時代なら、あるいは生まれ落ちた国が国なら、この分野の方は「魔女狩り」に合っているかも知れません。

 魔術と聞くと、白魔術と黒魔術を思い浮かべる方は少なくないでしょう。そしてその中の多くの方は白魔術と黒魔術の違いはよく理解できていらっしゃらないようです。

 「白黒つける」という言葉があるように、一般に白は善いものを連想させ、黒には悪を連想させるものがあります。魔術についても同様に、白魔術は善良な目的で行なうもの、黒魔術は悪事のために行なうものという認識でよろしいかと思います。
 ですから白魔術と黒魔術の違いは、術者や依頼者がどういう結果が欲しくて行なうのかということ、つまりはその動機が違いを生むということができます。

 私事ですが、御神入れの儀式に立ち会った経験があります。それは定められた手順で作法をこなし、定められた祝詞を捧げるだけの儀式でした。しかしながら、その結果は仰天するもので、自然霊がそこに宿る瞬間を目撃することとなったのです。私はとても驚き、これは不思議な魔法に違いないとその当時は思ったものでした。
 このような目に見えない世界からの協力を得る方法だったり、目に見えない世界にアクセスする方法などは、古来から世界のいたる所で継承されてきています。その多くは主に口伝であったため、「秘儀」と呼ばれることも少なくありません。

 しかしながらその方法自体には、はじめから善悪の色はついていません。ただ「こうすればこうなるよ」という手順なり仕組みなりが伝わってきているだけです。
 その方法に色を付けるのは、上記したように、術者や依頼者の動機ということです。

 愛、奉仕、道徳、善を動機にすれば、善霊や天使が援助にきてくれるのです。憎しみ、利己、背徳、悪が動機であれば未熟霊やサタンが手を貸すのです。そう、前者を白魔術、後者を黒魔術と呼んでいるだけなのです。

 サイキックやスピリチュアル分野に携わる人、術者も依頼者も、事に当たっては自らの動機を精査するように心がけなければなりません。霊性進化の視点からも、サタンに手を貸すことがあってはならないのですから。

 さて、こういう私もサイキックやスピリチュアルを扱い、教授させていただく身上ですが、私がワークショップにおいてフィロソフィーに重きを置く理由はここにあります。

 目に見えない世界を扱うにあたって、私は、何よりもスピリチュアリズムがもたらした「霊的真理」が大切だと考えます。ですから「霊的真理」をしっかり学んでいただき、自らの霊的向上に意識が芽生えた方、愛、奉仕、道徳、善にベクトルが向いていらっしゃる方にのみ、サイキックやスピリチュアル分野における秘儀(笑)をお伝えすることにしているのです。

 最後に…
 社会が複雑になり、また混沌としてくると、人は心の拠り所を求めるものです。
 そんな世相の時に気をつけなければならいこととして、聖書には、

「多くの偽預言者が現れ、大ぜいの人を惑わします」(マタイ24-11)
『「酒の喜びについて説教しよう」と言うのが、あなたがたの好きな飲んだくれの偽預言者だ』(ミカ2-11)
などとあります。

 心の拠り所を求めていらっしゃる方は、偽預言者(人を堕落に誘い込む目的で不思議な能力を魅せる者)には十分に注意しましょう。
 そしてすでに術者側に立っている方は、自らが偽預言者にならない様に気をつけなければならないでしょう。

 さらに言えば、偽預言者は見えない世界にも存在しているということにも思いを至らせ、彼らは虎視眈々とチャンスをうかがっているということにも警戒しなければならないのです。

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