霊能力の開花と霊能者としての成功

 「誰にも打ち明けてこれなかったのですが、実は…」

 「ここではこういう話をしても大丈夫なんですね…」

 セッションやワークショップにいらっしゃる方から時々お聞きするフレーズです。

 幼い頃に不思議な体験をしている方は結構な割合でいらっしゃいます。そして幼い頃のそういった体験を打ち明けた時の周囲、特に家庭内での反応がその子の将来に大きな影響を及ぼします。

 家族内にそういった体験を理解してくれる存在がいれば、その子は体験した世界観を受け入れることができるので、死後の世界とかスピリットという概念に寛容になりますから、宗教が説く道徳観や倫理観も素直に受け入れることができるようになります。

 反対に不思議な体験を打ち明けたときに、家族全員から否定される場合もあります。そうすると子供はその体験を無かった事にしてしまいがちで、それ以後は体験することができなくなってしまうようにもなります。なぜなら、不思議な体験というのは、本人の意識のベクトルに大きく影響されてしまうからです。仮にその後に再び体験できたとしても自分自身で否定してしまうことが多いようです。

 残念ながら世の中の多くの親は、霊とか死後の世界を公言することは、その子の将来にとってマイナスと捉える傾向がありますので、親本人の内心はともかくも子供に対しては否定的に扱う傾向があります。宗教性を否定し、唯物主義者や無神論者が闊歩する世界は、想像するだけで背筋が凍る思いがします。

 もちろん人それぞれですので、前述した世界観に寛容であっても、倫理観に欠ける人物もいます。一方で、家族に否定されたがために表面的には否定する素振りをするものの、内心では信仰心を持ち続ける人もいらっしゃいます。

 幼い子供はつい最近まで霊界にいたのですし、現世に来てまだ間もないのですから、あちらの世界との交信の方が得意なのです。幼い子が空中を指差しながら何かを話しかけていたり、幼い子の視線が自分の後ろの方を見ているような体験をしたことは誰しもあることでしょう。「霊能力(霊界を認識する力)は誰にでもありますか?」という質問をされることがありますが、幼い子を観察すれば分かるとおり霊能は誰しも持っているものです。しかしながら前述したように、その子の家庭環境によってその霊能が花開く場合もありますし、全く疎くなってしまう場合もあり得るのです。

 花が開くと言っても、霊能者として生計を立てようなどということは考えない方が良いでしょう。スピリチュアリズムでは有名なあのミディアムも、そしてあのヒーラーも、実際のところは他に生業を営んでいる(いた)のです。霊能力だけで生計が立っている人物はほんの一握り、いやひとつまみしかいないのです。

 霊能力は、幼い頃は誰でも発揮していたように、ポテンシャル(潜在的な能力)として誰でも持ち合わせているものです。皆さんはきっと歌を歌うことができると思いますが、歌を歌うという能力もポテンシャルとして誰しも持っているものですね。

 しかしながら、歌を歌うというポテンシャルはあるものの、そもそも歌うことが好きでなければ歌わないことでしょう。歌うことが好きだとしても、上手に歌えるのか、音痴なのかは別の問題です。歌が上手でも、生活に忙しかったりして本人の興味が歌に向かわなければ、歌うことはないでしょう。歌うことが好きで歌も上手だからといっても、それを人前で披露する機会を得られない人もいます。中にはプロとして報酬を受け取る人もいらっしゃいますが、それだけで生計をたてられる人はほんのわずかです。

 霊能力と霊能者についてもこれと同じことが言えるのです。さらに言えば霊能者と霊界には独特の関係性がありますので、能力だけを高めれば良いわけではありません。

 より善い霊能者であるためには、様々な人生経験をしていることが求められるので、より心を鍛えられるような経験が実生活の中で多くなることでしょう。いわゆる試練と呼ばれるものです。単純比較はできませんが、プロの歌い手になるのには相当な努力が必要とされるのと同様か、あるいはそれ以上の鍛錬を実生活の中で求められることでしょう。

 「ローマは一日にして成らず」と言いますが、何事につけて誰にでも即席にできてしまうようなことに価値はありません。魅惑的に聞こえるスピ系の宣伝文句に騙されないよう、十分に用心したいものです。

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