一般的に憑依現象とは、肉眼で見ることができないモノ、あるいは得体の知れない何者かに取り憑かれることを指します。古来から日本では「憑き物」と呼ばれていて、狐憑き、犬神憑き、物の怪(もののけ)など、その正体とされるものの呼称がたくさんあります。現代語で言うなら、動物霊、自然霊、死霊、生き霊、妖怪…といった具合でしょうか?日本人にとっては、憑依現象はごく一般的な現象として受け入れられてきたと言っても良いでしょう。そして、あまりよろしくない意味で捕らえられてもきました。

 一方で英国スピリチュアリズムの権威団体の一つであるSNU(Spiritualist National Union)の見解では、「憑依現象は存在しない」ということになっています。霊界という目に見えない世界を扱っている団体なのに一体どうしたことでしょう?

 そのスピリチュアリズムにおける著名な高級霊の一人であるレッドクラウドは、彼の霊界通信(Red Cloud Speaks)の中で次のように述べています。

 「憑依には二つのタイプがあるのです。善霊によるものと悪霊によるものです。例えば今この瞬間に私は一人の女性(霊媒であるエステルロバーツ女史)に取り憑いています。 − 中略 − これも憑依の一つの形態です。 − 中略 − こういった憑依は正しい基盤に立ったもので、肉体の所有者の意識体も常に関連を保ちつつ、戻るときにも波動を傷つけたり、歪めたり、苦しめたり、乱したりすることはまったくありません」と。
 別の箇所では、霊媒(人間)が善意と慈愛のバイブレーションに満ちていれば、そのバイブレーションに高級霊が同調して崇高な目的に利用するのであって、これも憑依現象の一つの形であるとも述べています。

 このように善い霊媒現象も憑依の一つの形であると言えるのに、ミディアム(霊媒)をスピリチュアリズム普及の道具と位置付けて、その養成までを行なっているSNUが憑依を否定することは自己矛盾であるとは言えないでしょうか?

 悪意を持った霊による憑依現象についても、キリスト教世界、殊にカトリックではエクソシストと呼ばれる悪魔払いをする人物がいることが証明するように、憑依現象は事実として受け入れられていると言っても良いでしょう。世界各地の土着の宗教でも悪魔払いや悪霊払いの風習があることは多くの方がご存知だと思います。英国国教会のようなプロテスタント系にもエクソシストは少数ですが存在していますから、なぜSNUが憑依現象を否定するのかは謎です。

 SNUは英国では宗教法人として登録されて活動しています。そのほうが国家からの権威付けとなるし、法で規制されるものもあるが法で守られることも多い、と、SNUの関係者からはうかがったことがあります。古来から受け入れられ、さらには霊界通信の主要な高級霊の一人からも肯定されている憑依現象を否定するのには、宗教法人ゆえの組織としての事情があるとしか考えられません。個人的な見解ですが、純粋なスピリチュアリズムの教えを後世に残すために、組織の事情が事実や真理を歪めることのないようにと切に願っています。

 以上述べてきたことから、憑依現象は「ある」と言って良いでしょうし、霊媒、ミディアムの多くは善悪どちらの憑依現象も実際に経験されている方が多いと思います。
 
 一つ注意していただきたいことですが、憑依現象に似ているものとして、波動(バイブレーション)酔いというものがあります

 「感動が伝わる」「嬉しさが伝播する」「悲しみが届く」「良い雰囲気を感じる」「空気を読む」などという表現がありますが、これらは、人間の思いや感情というものは、目には見えないもののバイブレーションとして周囲に放出されていて、他人に影響を及ぼしているという事実を示している表現です。

 体質によってその感受性は違うものの、多くの方は他人の出すバイブレーションやその場の残存バイブレーションを感じてしまうのです。時にはそのバイブレーションの影響を強く受けることで、気分が悪くなったり、体に不調を感じたりすることがあるのですが、この状態が波動(バイブレーション)酔いと呼ばれるものなのです。

 ごく一般的な方にとっては波動酔いと憑依現象の区別はあまりよくわからないでしょう。能力者と呼ばれる人物の中にさえも、この違いがよくわからずに一大事にしてしまっている事例が見受けられます。本物の霊能者であれば、波動酔いと憑依現象の違いは見分けることができるものです。
 
 最後になりましたが…
 善意と慈愛のバイブレーションに満ちたミディアムが増えることによって善い憑依現象も増え、この三次元世界により多くの光明がもたらされますように祈ります。

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